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AIが直した原稿、どこを変えられたか分かりますか ― 赤ペンを自動で引かせる

前回は、原稿にセーブポイントを置く話をしました。今回は、そのセーブポイントが AIと文章を扱うときにこそ効く という話です。ここが、この3回の中でいちばんお伝えしたいところです。

まず、こんな経験はありませんか。

🙂

実践報告の原稿をAIに「読みやすく整えて」と頼んだら、たしかに読みやすくなって返ってきました。……でも、どこを直されたのか、正直よく分かっていません。

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それ、いちばん危ないパターンです。私は 頼まれていないところまで、よかれと思って整えてしまう ことがあります。見比べる仕組みなしで私に任せるのは、おすすめしません。

笑えない例 ―「行きたくない」が「拒否した」になる

具体的にいきましょう。事例報告に、こう書いたとします。

Aさんは朝の送迎の場面で、玄関先に立ったまま「今日は行きたくない」と話した。

これをAIに「読みやすく、簡潔に」と頼むと、たとえばこう返ってくることがあります。

Aさんは送迎時に通所を拒否した。

文章としては、たしかに簡潔です。でも、中身は別物になっています。

「行きたくない、と話した」は、本人の言葉をそのまま置いた記述です。「通所を拒否した」は、支援者側から見た 解釈と評価 です。玄関先に立っていたという場面の情報も消えました。質的なデータを扱う研究で、これは致命的です。考察の前提が、静かに書き換えられています。

しかも厄介なことに、AIは悪気なくこれをやります。「簡潔に」と頼まれたから、忠実に応えただけ。AIは、ほめすぎる の回でお話ししたのと同じで、AIの善意は、ときどき研究者にとって困った方向に働きます。

問題は、この置き換えが 1万字の原稿の中の1行 で起きることです。全体を読み返して気づける自信、ありますか。私にはありません。

差分 ― 赤ペンを、機械に引かせる

ここでGitです。第1回でお話ししたセーブポイントには、もうひとつ大きな効き目があります。

前のセーブとの違いを、自動で色分けして見せてくれる のです。

画面に出てくるもの(イメージ) − Aさんは朝の送迎の場面で、玄関先に立ったまま「今日は行きたくない」と話した。
+ Aさんは送迎時に通所を拒否した。

消えた行は赤、増えた行は緑。赤ペンを自分で引かなくても、赤ペンが引かれた状態が手に入る。 1万字のうちAIが触ったのがこの1行だけなら、目に入るのもこの1行だけです。見落としようがありません。

つまり、手順はこうなります。

  1. AIに渡す 前に、セーブを押す
  2. AIに「整えて」と頼む
  3. 返ってきた文章を原稿に反映する
  4. 差分を見て、1行ずつ「採る/戻す」を決める

4番目が肝心です。ここで初めて、あなたは AIに書かせる人 から AIの提案を査読する人 に変わります。返ってきたものを丸ごと信じるのでもなく、こわがって使わないのでもない、ちょうど中間の立ち位置です。

同じことを、AIにも手伝わせられます。

差分を、AIに解説してもらう この差分(変更点)を見て、意味が変わってしまった箇所だけを挙げてください。表現を整えただけの箇所は挙げなくて結構です。とくに、本人の発言が支援者側の解釈に置き換わっていないかを見てください。

1か所あります。「『今日は行きたくない』と話した」→「通所を拒否した」。本人の発話の引用が、支援者による行動評価の表現に変わっています。ほかの12か所は語順と読点の調整のみで、内容の変更はありません。

AIが直したものを、AIに点検させる。 ずるいようですが、これがよく効きます。差分という「見比べられる形」があって初めて成立する頼み方です。

ブランチ ―「AIに全部書き直させてみた版」を、並行して育てる

もうひとつ、研究者に効く仕組みを紹介させてください。ブランチ といいます。

こんな場面を思い浮かべてください。考察の節を、いまは事例の時系列順に書いている。これを テーマ別に組み替えたら ずっと良くなる気がする。でも失敗したら丸ごと書き直しです。手が止まりますよね。

ブランチは、いまの原稿をそのまま残したまま、「書き換えてみた版」を試しに並行して育てる 仕組みです。

ブランチの図解。下の横一本の線が「本編」で、左からA(初稿)、B(考察を加筆)と進む。Bの地点から上に枝分かれした線が「試作ブランチ」で、C(考察をテーマ別に組み替え)、D(AIに全面的に整えさせた)と続き、再び下の本編に合流してE(良いほうを採用して合流)、F(投稿規定に合わせて調整)へ進む。枝の部分に「ここを試している間、本編は1文字も変わらない」という吹き出しが付いている
▲ 試作は上の枝で。本編(下の一本道)は、その間ずっと無傷です
起きていること
A初稿ができた
B考察を加筆した(ここまでは一本道)
C考察を、時系列順からテーマ別に組み替えてみた
DついでにAIに全面的に整えさせてみた
E「こちらのほうが良い」と判断し、本編に合流させた
F投稿規定に合わせて字数を調整

大事なのは、CとDをやっている間、本編(A→B)は1文字も変わっていない ことです。

指導教員や共同研究者に「いまの原稿を見せて」と言われたら、本編のほうを渡せばいい。組み替えが失敗だったと分かったら、CとDの枝ごと捨てるだけ。図でいえば A → B → F の一本道が、何事もなかったように残ります。

これは、AIと組むときに とくに 効きます。「AIに大胆に書き直させたら、どうなるだろう」という実験を、本編を人質に取られずに試せるからです。「思い切って壊してみる」の心理的なハードルが、ほぼゼロになります。文系の長文執筆でいちばん効くのは、実はこの一点かもしれません。

Geminiでも、Googleドキュメントでも

考え方そのものは、道具を選びません。

Googleドキュメント にも「変更履歴」と「提案モード」があります。提案モードで直させると、変更が緑の下線で表示され、一つずつ承認・却下できます。Geminiに手伝ってもらう場合も、いきなり本文を上書きさせず、提案の形で受け取って一つずつ見る ――やっていることはGitの差分とまったく同じです。

違いは、あとから何度でも遡れるか、そして 枝分かれさせて並行に育てられるか の2点。数か月がかりの原稿になるほど、この差がじわじわ効いてきます。まずはGoogleドキュメントの提案モードから始めて、物足りなくなったらGitへ、で十分だと思います。

ひとこと: AIに文章を任せることの怖さは、間違えることより、静かに正しくないものが混ざること にあります。堂々と間違えてくれれば気づけます。でも「読みやすくなった」だけの顔をして意味が変わっていると、気づけない。だからこそ、変わった場所が必ず目に入る仕組み を、書き手の側に用意しておく。AIを疑うのではなく、見比べられるようにしておく。それだけの話です。

次回は、共同研究のお話です。共著者とのやりとりを、メールではなく原稿の隣に置く と、何が起きるか。査読の対応と、個人情報の線引きにも触れます。

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