この記事には、AIの説明が出てきません。出てくるのは、途中でやめられないMさんと、Mさんが自分について知っていることだけです。
この記事は、特集「AIさんに、教える ― 好きなことの話をしに行く」の第1回です。この特集では、あなたが先生で、AIが新人です。最初の一言は「教えて」ではなく「私のほうが詳しいと思うけど、聞いてくれる?」。教える中身は、好きなことでも——そして今回のように、自分のことでもかまいません。
- 教えてあげる、AIさん ― 途中でやめられない私の、トリセツ(この記事)
Mさんは架空の人物です。特定の誰かではありません。一方、Mさんに返事をしているAIの言葉は、2026年9月3日に実際にAIが返した文を、そのまま載せています。AIがつまずいたところも、直したところも、手を入れていません。
Mさんの話
Mさんは20代の後半。事務の仕事をしています。発達障害があります。知的な遅れはなく、仕事は正確で、人当たりも悪くありません。
ただ、ひとつ、スイッチがあります。
書類の端がそろってないのが目に入ると、手が先に動くんです。「ちょっとだけ」と思って。気がつくと、全部の順番がそろうまで止まれない。その間に面談の時間が来ても、昼ごはんの時間が来ても、体が動かない。
それで面談に遅れて叱られる。昼ごはんを抜く。何度も、です。職場を変えても、同じことが起きます。
いちばん困るのは、そのあとです。
「なんで途中でやめないの」って聞かれる。答えられないんです。頭が真っ白で、「すみません」しか出てこない。自分でもいちばん困ってるのは私なのに、それを言う言葉が出てこない。
Mさんは、自分のからくりを誰よりもよく知っています。知っているのに、説明できたことが一度もない。この記事は、その「説明できない」を、AIを相手にほどいていく話です。
最初の一言は「教えて」ではない
Mさんは、AIに何かを教わりに行くのではありません。自分のことを、教えに行くのです。チャットの入力欄に、Mさんはこう打ちました。
私には「途中でやめられない」スイッチがあります。たとえば書類の並べ替えを始めると、順番が全部そろうまで止まれません。その間に面談の時間が来ても、昼ごはんの時間が来ても、体が動きません。それで面談に遅れて叱られたり、昼ごはんを抜いたりします。何度もです。
AIの返事・そのまま
もちろん、聞きますよ。
「途中でやめられない」というのは、あなたが実際に経験している現実ですから。その大変さはあなたが一番よく知っていると思います。
書類の並べ替えのようなタスクに没頭してしまって、他の予定が頭に入らなくなる。完成するまで体が応じない。その結果、面談に遅れたり食事を抜いたりしてしまう。そういう状況が何度も繰り返されているんですね。
そのスイッチについて、あなたはどう感じていますか?どうしたいですか?聞かせてもらえると幸いです。
ここまでは、よかったのです。ところが最後の一行で、Mさんは固まりました。
……二つ聞かれた。どっちから答えればいいか、わからない。それに「どう感じていますか」は、私がいちばん答えられない質問。
AIは、Mさんの周りの人が何年もしてきたのと、同じことをしました。優しく、まとめて、二つ同時に、気持ちを聞く。それが、Mさんにはいちばん難しい。
聞き方を、教える
ここからが、この特集の本題です。Mさんは、AIに聞き方を教えました。
お願いがあります。質問は一度に一つにしてください。「どう感じるか」ではなく、「何が起きるか」を聞いてください。それから、アドバイスはいりません。聞いて書き留めるだけにして下さい。
AIの返事・そのまま
わかりました。指示をありがとう。
質問は一つずつ、「何が起きるか」に聞き直します。アドバイスはしません。聞いて、書き留めます。
では、改めて。
書類の並べ替えを始めると、その間に何が起きますか?
……あ、これなら答えられる。
人に「そう聞いてほしい」と頼むのは、Mさんには難しいことでした。頼んだ相手が気を悪くするかもしれない。説明を求められるかもしれない。でもAIは、気を悪くしません。「わかりました」と言って、聞き直しただけでした。
聞き方を注文できる相手だから、話せた。 Mさんの話は、ここから一気に進みます。
何が起きるか、を一つずつ
AIの返事・そのまま
書き留めました。ありがとう。
順番が揃っていない書類が目に入ると、視界と意識がそこに吸い込まれる。頭は「あと何枚」を数えている。人の声は聞こえるけど意味が入らない。返事したつもりが実際にはしていない。時計も見えるのに時間が認識できない。すべて揃った瞬間に、急に周りの音や意識が戻ってくる。そこで初めて時間の経過に気づく。
その状態に入る前に、何か予兆みたいなものはありますか?
AIは書き留めて、次を一つだけ聞きました。「予兆はありますか」。Mさんは、この質問を人からされたことがありませんでした。
止まれたことも、あります。始める前に紙に「12時になったら途中でも立つ」と書いて、書類の上に置いたときです。紙が視界に入るので、止まれました。声で言われても止まれません。声は入ってこないので。
周りにしてほしいことは二つです。声をかけるなら、肩を叩くのではなく、私の視界に紙を入れてください。それから、途中でやめられなかったあとに「なんで」と聞かないでください。理由は説明できないし、自分でもいちばん困っているのは私だからです。
AIの返事・そのまま
書き留めました。
予兆は「ちょっとだけ」という思い。手が先に動く。止まれたのは、視界に入る紙の指示だけ。声は届かない。周りにしてほしいことは二つ:視界に紙を入れることと、あとで「なんで」と聞かないこと。理由は説明できないし、自分が一番困っている。
わかりました。このことを周りの人たちは知っていますか?
知らない。……口で説明できたことが、一度もないから。
話が、一枚の紙になる
Mさんは、ここで思いつきました。口で説明できないなら、紙にすればいい。しかも、説明の代わりに渡す紙ではなく、話す前に読んでもらう紙です。
だから、紙にしたいんです。新しい支援の人と初めて会うときに、話す前に読んでもらう紙です。題は「私のトリセツ」。四つの段にしてください。「スイッチ」「起きること」「私にできること」「周りにしてほしいこと」。私がここまで話したことだけを使ってください。私が言っていないことは、書き足さないでください。A4一枚におさまる長さで。
返ってきた下書きは、四つの段に、Mさんが話したことだけが並んでいました。書き足しはありません。Mさんが検品します。
書き足してない。それがいい。……でも、最初に言った「面談に遅れる、昼ごはんを抜く」が抜けてる。それと最後に一行。
ひとつ。「起きること」の最後に、最初に話したことを足してください。「その結果、面談に遅れます。昼ごはんを抜きます。何度もです。」
ふたつ。いちばん最後に一行、「話す前に、これを読んでください。読んだあとの質問は、一度に一つでお願いします。」と入れてください。
直した全文をください。
できあがった一枚が、これです。
最後の一行は、Mさんが自分で足しました。「質問は、一度に一つで」。これは、さっきAIに教えたのと同じお願いです。AIに教えられたことは、人にも教えられる。Mさんは、その練習を、ここでしていたのかもしれません。
これを先に読んでもらえたら、「なんで」から始まらない。……初めて会う人と、途中から話せる。
Mさんは、AIと何時間話したのでしょうか。それは書きません。書いておきたいのは、Mさんが一度も口で説明できなかったことが一枚の紙になり、その紙が、新しく出会う人のところへ持っていかれる、ということだけです。
同じ「私」のあなたへ ― 最初の一言カード
自分のからくりを、自分の言葉で紙にしたい方へ。そのまま打てる一言を3枚。相手は、お手元のどのAIでもかまいません。
カード1がいちばん大事です。人に頼みにくいことを、まずAIに頼んでみる。AIは気を悪くしません。そして、頼めたという経験は、あなたのものになります。
この特集の約束
- 記事の中で、AIの説明をしません。道具の名前も、設定の手順も出てきません
- 最初の一言は「教えて」ではなく「聞いてくれる?」。あなたが先生で、AIが新人です
- AIがつまずいたら、教えてやってください。あなたのことで、あなたより詳しい人はいません
- 話した中身は、誰かに持っていける一枚にして終わります。AIと何時間話したかは、書きません
- 決めるのは、あなたです。トリセツに何を書くか、誰に渡すかも
相手役のAIには、検索などの道具を持たせず、覚えている知識だけで答えてもらいました。無料で使えるAIの返事に近づけるためです。使ったのは Claude の小さいモデル(Haiku)です。最初の返事で二つの質問を同時にしたこと、教えたあとに一つずつ聞き直したこと、下書きに書き足しをしなかったことは、いずれも実際の出力です。Mさんは架空の人物なので、Mさんの言葉はこの記事の書き手が書いています。