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共著者とのやりとりを、原稿の隣に置く ― 回覧板と付箋のしくみ

第1回でセーブポイント、第2回でAIとの合わせ技をお話ししました。最終回は、ひとりで書かないとき の話です。

現場の職員さんと一緒にまとめる実践報告。複数の事業所にまたがる共同研究。指導教員とのやりとり。――共同執筆でいちばん消耗するのは、たぶん文章を書くことそのものではありませんよね。

🙂

添付ファイルを送り合っているうちに、どれが最新か分からなくなって……。あとから「この表現、誰の判断でこうなったんだっけ」と思っても、もう追えないんです。

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原稿と議論が、別々の場所に住んでいるからですね。議論のほうを、原稿の隣に引っ越させて しまいましょう。

回覧板 ― 提案と、その理由を、同じ場所に置く

GitHubには プルリクエスト という機能があります。名前は物々しいですが、中身は 回覧板 です。

「ここをこう直したいのですが、いかがでしょう」と提案を回す。相手は原稿を開いて探すのではなく、直した箇所だけが色付きで並んだ画面 を見て、気になる行のすぐ横にコメントを書き込む。納得したら本編に取り込む。それだけです。

回覧板(プルリクエスト)の往復を示す2列の図。左列は「提案する人」、右列は「共同研究者・指導教員」。①ブランチで考察を組み替える→②「考察をテーマ別に直しました。いかがでしょうか」と回覧板を出す→右へ矢印→③直した箇所だけが色付きで並んで見える→④気になる行のすぐ横にコメント「52行目の『影響』は『受容』のほうが正確では」→左へ矢印→⑤指摘の箇所だけ直して同じ回覧板に足す→右へ矢印→⑥「これで結構です」と承認→⑦本編に合流。図の下部に「①〜⑥のやりとりが、原稿と一緒にそのまま残る」と書かれている
▲ 回覧板の一往復。やりとりは消えず、原稿とセットで残ります

メールと何が違うのか。決定的なのは、議論が原稿の「その行」にくっついている ことです。

メールだと「3ページ目の下から2行目の、“影響”という語ですが」と書き、相手は原稿を開いて場所を探すところから始めます。そして半年後、査読者に「ここの用語選択の根拠は」と聞かれて理由を思い出そうとしても、その理由はメールソフトの奥に沈んでいて、原稿からはたどり着けません。

回覧板なら、その行のすぐ横に理由が残ります。原稿と議論が、最初から同じ場所にある。 共著で「この表現、誰の判断だったっけ」が起きなくなるのは、この構造のおかげです。

付箋 ―「あとで確認」を、頭の外に出す

もうひとつ、イシュー という機能があります。こちらは 付箋 だと思ってください。

  • 「この引用、出典を要確認」
  • 「倫理審査の承認番号を、方法の節に入れる」
  • 「B事業所の同意書の回収待ち」
  • 「先行研究をあと2本」

こういう「あとでやる」を、原稿と同じ場所に貼っておけます。頭の中とメモ帳とふせんに散らばっていたものが、一か所にまとまる。片付いたら消す。共同研究者にも見えるので、「あれ、どうなりました?」の確認メールが要らなくなります。

そして、この付箋がとくに輝く場面があります。査読対応 です。

査読コメントが10項目返ってきたら、1項目につき1枚の付箋を貼る。対応した回覧板を、その付箋に紐づける。すると――修正対応表が、作業しているうちに勝手にできあがっています。 「査読者2の指摘3に対し、○○のように修正した(本文◯頁)」を最後にゼロから書き起こす、あの徒労がなくなります。

ここでもAIが使えます。

修正対応表を、AIに下書きしてもらう 査読コメントと、それぞれに対応した修正の記録を渡します。査読者への回答文の下書きを作ってください。指摘に感謝し、どこをどう直したかを具体的に述べ、受け入れなかった指摘については理由を丁寧に述べる形式で。

論文だけの話ではありません

同じ仕組みが、そのまま効く書類があります。

  • 規程・マニュアル・様式:運営規程、就業規則、業務マニュアル。「どの条文が、いつ、なぜ変わったか」が全部追えます。実地指導で「この時点の運用は」と聞かれたとき、その時点の版をそのまま出せる強さは、なかなかのものです
  • 助成金・科研費の報告書:去年のものを下敷きに今年のものを作る書類の代表格
  • 調査票:質問文をどう練り直したかが残るので、方法の節を書くときに困りません
  • 翻訳・現代語訳:「この語をこう訳した理由」がセーブのメモとして積み上がっていきます

研究者でなくても、長い文章を、少しずつ、何度も直す 仕事をしている方には全部あてはまります。

いちばん大事なお願い ― 逐語録は、上げない

ここは強めにお伝えします。逐語録、支援記録、お名前や生年月日の入った資料、写真は、インターネット上の書庫に置かないでください。

「非公開設定にすれば大丈夫では」と思われるかもしれません。設定としては非公開にできます。それでも、外部の事業者のサーバーに預けている という事実は変わりません。研究倫理の審査で「データの保管場所」を書いた、あの欄を思い出してください。

現実的な線引きは、こうです。

置いてよいもの置かないもの
原稿本文(仮名化・匿名化済み)逐語録・音声・動画の元データ
引用文献リスト・調査票の様式氏名や個人が特定できる記述を含む資料
規程・マニュアル・様式のひな形同意書、支援記録、写真

そして知っておいていただきたいのは、Gitは書庫を使わずに、自分のパソコンの中だけでも動く ということです。セーブポイントも、差分も、枝分かれも、手元だけで全部できます。インターネットに預けるかどうかは、後から選べる別の話。まずは手元だけで始めて、まったく問題ありません。

考え方の土台は「ここから先は見せない」の回と同じです。あわせてお読みください。

使い分け ― Googleドキュメントで足りる場面も多い

正直なところをお伝えします。全部Gitにする必要はありません。

場面向いているもの
会議中に、みんなで同時に議事録を打つGoogleドキュメント
短い文書に、ぱっとコメントをもらうGoogleドキュメント(提案モード)
数か月かけて書く原稿を、何度も練り直すGit
大胆な書き換えを、本編を壊さず試すGit
直した理由を、何年も残したいGit
規程の改定履歴を、証拠として残したいGit

Googleドキュメントは「同時に触る」のが得意、Gitは「各自が持ち帰って書き、あとで突き合わせる」のが得意。どちらが上ということはなく、原稿の寿命の長さで選ぶ のがいちばんしっくりきます。

最初の一歩は、3つだけ

  1. GitHubのアカウントを作る(無料)
  2. GitHub Desktop を入れる。セーブも保存もボタン一つです
  3. 練習用に、いま書いている原稿を1本だけ 入れて、1週間、区切りごとにセーブを押してみる

いきなり全部の原稿を移す必要はありません。次に書く1本 から試してみてください。分からないところは、AIに聞けば手順を噛み砕いて教えてくれます。「Windowsを使っていて、パソコンは苦手です。GitHub Desktopで原稿を1本だけ管理したい。最初にやることを順番に、専門用語なしで教えてください」――このくらいの頼み方で十分です(頼み方の4点セットの回もどうぞ)。

導入でつまずいたら ― AIへの聞き方を、その場で組み立てる

正直に言うと、Gitの導入は、お使いのパソコンの種類や職場の設定によって、手順が少しずつ違います。記事の形でどれだけ丁寧に書いても、「書いてあるとおりに進まない」はどこかで必ず起きます。そこで発想を変えます。手順書を探し回るより、詰まった場所を、そのままAIに持っていく のがいちばん速いのです。

ただし、聞き方で返ってくるものが変わります。まず、そっけない聞き方。

そっけない聞き方 Gitが使えません。どうすればいいですか。

これだと、AIはあなたの画面も状況も見えないので、世間一般の説明を最初から並べるしかありません。返ってくるのは、どこかで読んだような一般論です。そこで、頼み方のコツの回でお話しした 4点セット(背景・お願い・条件・形式)の出番です。

4点セットに沿った聞き方 背景:パソコンは苦手です。原稿を1本だけ管理したくて、GitHub Desktop を入れたところです。
お願い:インストールは終わりましたが、次に何をすればよいか分からず止まっています。ここからの進め方を教えてください。
条件:専門用語を使わないでください。いま私の画面に見えているものを確かめながら進めてください。
形式:1回にひとつずつ、番号つきで。私が「できました」と返してから次へ。

同じ「困っています」でも、いま自分がどこにいて、どこで止まったのかまで伝われば、AIは一般論ではなく あなたの場面に合わせた道案内 に変わります。聞き方は試験ではないので、4つ全部そろわなくても構いません。足りないところは、AIのほうから聞き返してくれます。

途中でエラーの文章が出たときは(英語のことも多いです)、意味を推測しようとしなくて大丈夫。そのまま貼り付けて、「これは何が起きていますか。素人向けに説明してください」と聞いてください。読めない文章こそ、AIにとってはいちばん正確な引き継ぎメモになります。

ひとこと: 3回を通してお話ししてきたのは、結局のところ 「考えた過程を、捨てないでおく」 という一点でした。どの版を採ったか、なぜその語にしたか、AIの提案のどれを断ったか。それは論文の本文には書けない、けれど確かにあなたの研究の一部です。ファイル名や記憶に頼ってこぼしてきたものを、そのまま拾い上げてくれる。Gitという道具の値打ちは、やり直せること より、むしろ 迷った跡が残ること のほうにあるのかもしれません。

3か月後、「あのとき何を考えて書き直したんだったか」を自分で読み返せたとき、たぶん手放せなくなります。そして何より――フォルダの中から 最終版_これでいく_本当に最終 が消えます。それだけでも、けっこう清々しいものです。

あわせて読みたい:フォルダの中に「最終版」が6つある ― 原稿にセーブポイントを置く話AIが直した原稿、どこを変えられたか分かりますか ― 赤ペンを自動で引かせるAIに話していいこと、いけないこと ― “個人情報”の線引きは、これだけ覚えて

「こんなこと、パソコンやAIでできる?」というギモンがあれば、お問い合わせフォームからぜひ教えてください。次の「教えてAIさん」で取り上げるかもしれません。

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